目を閉じなくてもいい

――瞑想は、心を整える営みではなく、間を整える営みである

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一 目を閉じなくてもいい

正確に言えば、目を閉じる必要を感じない。私は日常的に、いつでも、どこでも、目を開けたまま、瞑想に近い状態のなかにいる。波待ちのとき、海の上で。着物を着て歩いているとき、路上で。そして三十年あまり続けてきた同時通訳の現場、音声が絶え間なく流れ込んでくる、あの濁流の只中で。

「瞑想」という二文字は、はじめから私たちに、それとは逆の姿勢を命じている。

「瞑」という字は、目を閉じることを意味する。目偏に「冥」――暗がりを抱えた字だ。「想」は心に思いを描くこと。合わせれば、目を閉じ、外の光を断ち、静かに内へ思いをめぐらす、という像が立ち上がる。字面そのものが、ひとつの作法を指示している。瞼を下ろせ、と。世界を遮断し、内へ向かえ、と。

けれども私は、目を閉じない。

これは軽口ではない。「目を閉じなくても瞑想はできる」という、どこか入門書めいた言い回しのなかに、私は瞑想という営みのいちばん深いところが、いちばん平易な言葉で言い当てられていると感じている。

なぜなら、目を閉じることを瞑想の本質だと信じている限り、私たちは瞑想の半分しか――いや、ことによると入口だけしか――手にしていないからだ。本稿は、その「目を閉じなくてもいい」という一言を入口にして、瞑想とは何かを、語源から、仏教から、そして身体から、もう一度ほどき直してみる試みである。

そして結論を先に言ってしまえば、瞑想とは心を整える営みではない。それは、身体と他者とのあいだの「間(ま)」を整える営みである。最も個人的に見えて、実のところ最も社会的な営みなのだ。


二 心で心を操作するという罠

瞑想と聞いて、多くの人が思い浮かべることはおおむね決まっている。

静かな場所を見つける。目を閉じる。雑念を払う。呼吸に集中する。心を平安にする。乱す音を遠ざける。――心を、ある望ましい状態へと持っていこうとする。

これらはすべて、善意の実践だ。間違っているとは言わない。けれども、ひとつ見落とされていることがある。これらの努力はことごとく、「心が心を操作する」という構図のうえに立っているのだ。

雑念を払おうとするのは誰か。心である。集中しようと力むのは誰か。心である。平安であろうと願うのは誰か。やはり心である。つまり私たちは、波立つ心を鎮めるために、もう一段の心の働きを動員している。心の上に心を重ねている。静けさを求めるその手つき自体が、すでにひとつの落ち着かなさなのだ。

そして、もっと深いところで起きていることがある。この構図は、心と身体が別々のものだという考え方、とらえ方、前提を、暗黙のうちに飲み込んでいる。心が、身体を、あるいは身体に届く刺激を、上から管理しようとしている。「乱す音」を排除しようとするとき、私たちは、音を受け取ってしまう身体を、心が叱っているのだ。静かにしろ、揺れるな、反応するな、と。

ここに、私が引き返したい地点がある。

身体は、とどまることがない。生きているかぎり、ありとあらゆる刺激を受け続ける。音、光、温度、痛み、痒み、空腹、風。それらを受け取り、処理し続けることは、生命の異常事態ではない。それこそが、生命が生きているという、当たり前で自然な有り様なのだ。

だとすれば、刺激を受け取らないようにすること――心で身体の自然な働きを抑え込もうとすること――は、整えているのではない。むしろ、生命の自然に逆らっている。静寂を求めること自体が、ひとつの渇き(渇愛)になりうる。

私たちは、いつのまにか、瞑想を「刺激の遮断」と「心の操作」の技術だと思い込まされてきた。なぜそうなったのか。その問いは後で、思いがけない場所へと私たちを連れていく。だがその前に、瞑想の故郷――仏教における「止」と「観」――に立ち返らなければならない。


三 止観は、身体から始まる

仏教には、そもそも「瞑想」という言葉はなかった。

中心にあったのは、二つの実践である。ひとつはサマタ。漢訳して「止」。心を一点に集め、散乱を止めて静寂にすること。心の波立ちを鎮める働きだ。もうひとつはヴィパッサナー。漢訳して「観」。物事をありのままに観察し、無常・苦・無我という実相を見抜くこと。洞察と智慧の働きである。

この二つを合わせた「止観」が、東アジア仏教、とりわけ天台において体系化された実践の核心となった。止によって心を静め、その静まった心で、観によって真理を見る。――こう要約すると、やはり止観もまた「心を整える技術」のように聞こえる。

だが、ここに決定的な見落としがある。止観は、心から始まらない。身体から始まるのだ。

坐禅には「調身・調息・調心」という順序がある。まず身を調える。姿勢を正し、骨と肉を然るべき位置に置く。次に息を調える。呼吸を深く、長く、滑らかにする。そして最後に――最後に、心が調う。

この順序を、軽く見てはならない。私たちは「心を調えれば、やがて身体も落ち着く」と考えがちだ。だが伝統はその逆を説く。身体という具体的な土台を調え、呼吸という具体的なリズムを調えたとき、心は、こちらが操作するまでもなく、おのずから定まる。調心は、調身と調息の果てに、結果として訪れる。

つまり止観は、心で心を直接いじろうとはしない。それがいかに不毛か、千年以上前から知っていたかのようだ。心を鎮めようとする心を、また別の心が鎮めようとする――その無限後退から抜け出す道は、ただひとつ。心を、身体という錨(いかり)に引き戻すことだ。

観のほうも、同じく身体的である。ヴィパッサナーは伝統的に「四念処」――身・受・心・法の四つを念じる処――から始まるが、その筆頭は「身」、すなわち身体である。次が「受」、身体に生じる感受。観は、抽象的な内省ではない。まず、いま身体に起きていることを観ることから出発する。呼吸の出入り、足の裏の感触、腹のふくらみとへこみ。観とは、頭のなかの哲学ではなく、身体に降りていく営みなのだ。

ここで、私自身の言葉に引きつけて言うなら、止観とは「心身一如」を新たに作り上げる技法ではない。本来ひとつであるはずの心と身体が、日々の暮らしのなかで乖離していく――その乖離を、あらわにし、調え直す営みなのだ。「統合する」のではない。「すでにある一如へ立ち返る」のだ。

波待ちの感覚に、それは近い。海面の高まりと、自分の身体の状態と、風と、潮と――それらに自分を合わせていくなかで、思考が先回りするのを、そっとやめる。あの調整に。


四 刺激の只中での静けさ

さて、ここでもう一段、深く潜ってみたい。

調身・調息から入る坐禅は、たしかに心で心を操る罠を避けている。身体を起点にしているからだ。けれども――坐禅もまた、ある意味では表層的なのではないか。

なぜなら、坐禅はたいてい、刺激を減らした条件のもとで行われるからだ。静かな堂。整えられた姿勢。閉じた、あるいは半ば閉じた目。外界からの入力を、できるだけ絞った環境。そのうえで得られる心身の調和は、いわば実験室のなかの一如である。

しかし、生きるとは、刺激にさらされ続けることだ。私たちが本当に生きるのは、静かな堂のなかではない。音と光と他者と用事の渦巻く、市井の只中である。もし、刺激を絞った特別な条件のもとでしか保てない統合なら、それは条件に依存した、まだ脆い統合ではないか。静坐の上でだけ訪れる平安は、坐を立った瞬間に崩れる平安かもしれない。

ここで効いてくるのが、観(ヴィパッサナー)の、本来の射程の広さだ。

観は、刺激を減らす技術ではない。むしろ、刺激が来て、身体がそれを受け、処理する――その生起と消滅のプロセスそのものを、判断を加えずに観る営みである。

ひとつの音が聞こえたとする。その音が「集中を乱すもの」になるのは、心の判断だ。音そのものは、ただ来て、去る。それだけのことだ。生命にとって、刺激を受けて処理することは、まったく自然な営みにすぎない。観は、その自然を遮らない。音を消そうとせず、音を嫌わず、ただ、来て去るものとして見る。

だとすれば、観は理屈のうえでは、雑踏のなかでも、刺激の只中でも成立する。いや、むしろそここそが本領なのだ。観が見ているのは、刺激そのものではなく、刺激に対して「乱された」「嫌だ」「集中したい」と反応が立ち上がる、その心の先走りの瞬間なのだから。刺激を消すのではない。刺激への反応が生まれる、まさにその場に立ち会うのである。

禅の伝統は、このことを取りこぼしてなどいなかった。むしろ、きわめて自覚的に段階づけていた。臨済の系譜に、こんな言葉がある。「動中の工夫は、静中の工夫に勝ること百千億倍」。静かに坐って得る工夫よりも、動きと刺激の只中で得る工夫のほうが、百千億倍すぐれている、と。

静坐は否定されない。だがそれは、動中へと出ていくための足場として位置づけられる。坐を究めることと、坐を離れて市井の只中で同じ状態を保つこと――その往復にこそ、眼目がある。坐禅は、目的地ではない。入口なのだ。

そう考えたとき、最も深い止観は、特別な場所も姿勢も要らない場所に宿るのかもしれない。たとえば、波待ちのように。絶え間なく揺れる海面の上で、寄せる波、引く波、風、冷たさ、塩――すべての刺激を全身に受けながら、それでも先走らず、次の一波に静かに身を合わせていく、あの状態に。

刺激を断った無音ではなく、刺激の真っ只中での静けさ。目を閉じた暗がりではなく、目を見開いたままの澄明。

私にとって、それは比喩ではない。同時通訳という仕事が、まさにそれだからだ。音声は絶え間なく流れ込み、止めることも遅らせることもできない。刺激を遮断したら、仕事は成り立たない。むしろ、心が先走って「次に何を言おう」と構えた瞬間に、訳は崩れる。来た言葉を受け、手放し、次を受ける。全感覚を開いたまま、先走らずにいる。――これは、観そのものの構造をしている。

「目を閉じなくてもいい」とは、だから、ただの気軽な言い回しではない。それは、坐禅という形式を壊さずに、その本質だけを日常へ解き放つ一言なのだ。表層と深層が、ここで静かに反転する。


五 神を抜いても、器は残った

ところで、ひとつの疑問が残っている。

なぜ、近代の「瞑想」観は、これほどまでに「刺激を遮断し、内へ閉じ、心を操作する」方向へ傾いているのか。止観の本来が、刺激の只中に開かれた水平の営みだったのなら、いまの瞑想イメージの、あの内向きの重力は、どこから来たのか。

答えの一端は、「meditation」という英語の来歴にある。

私たちが「瞑想」と訳すこの語は、ラテン語の meditatio に遡る。そしてこの語は、もともと東洋とは何の関係もない、キリスト教修道の伝統のなかで、明確な意味を持っていた。

「レクツィオ・ディヴィナ(聖なる読書)」と呼ばれる祈りの作法がある。その四段階は、こうだ。レクツィオ(読む)、メディタチオ(思いめぐらす)、オラチオ(祈る)、コンテンプラチオ(観想)。聖句を読み、それを心のなかで反芻し、神へ祈り、ついに神を観想する。meditatio は、この、神へと垂直に上昇していく過程の、一段だったのだ。

だから、西洋における「meditation」の地肌には、内省と、悔い改めと、祈りが――要するに「神と向き合う有り様」が、深く染み込んでいる。心の内を探り、罪を省み、超越的な他者(神)へと自分を差し出す。その構造は、徹底して垂直である。下にいる自分から、上にいる神へ。

さて、二十世紀になって、この器のなかへ、東洋の止観や禅が流れ込んだ。

そのとき何が起きたか。神という宛先は、外された。世俗化され、脱宗教化されて、瞑想は「誰でもできる、心のセルフケアの技法」になった。ここまでは、よく知られた話だ。

だが、見落とされてきたことがある。宛先を外しても、器のかたちは、そのまま残ったのだ。

内へ、内へと潜っていく。心の状態を観察し、整え、何かより善きものへ向かっていく。あの垂直の身ぶり。神という宛先が抜けて空いた席に、こんどは「本当の自分」「内なる平安」「ととのう」といったものが、そっと座り直しただけだった。器は、神と向き合う独房のかたちのまま、中身だけが入れ替わった。

だとすれば、現代のマインドフルネスが、しばしば「心の内面を探り、整える、内省的な営み」として受け取られるのは――東洋の止観が、もともとそういうものだったからではない。それを受け取った西洋の器が、もとから内省と祈りのかたちをしていたからなのだ。止観が西洋化したのではない。西洋の meditatio という器のなかへ、東洋の語が、注がれたのである。

そして、ここにこそ、第二章で立てた問いの答えがある。なぜ近代的な瞑想は、刺激を断ち、内へ閉じ、心を操作する方向へ傾くのか。その遺伝子のなかに、神とただ二人きりで向き合う、修道院の独居房(cella)の静けさがあるからだ。垂直に超越者へと向かう祈りの構造が、神を失ってなお、「内面性」という残響として、現代にこだまし続けている。

これは、批判ではない。キリスト教の祈りには、千数百年の蓄積と、深い真実がある。ただ、対照として、はっきりさせておきたいのだ。私たちが「瞑想とはこういうものだ」と思い込んでいるそのイメージは、東洋の止観の姿ではなく、西洋の祈りの器のかたちなのかもしれない、と。


六 欲は罪ではない――垂直から水平へ

この器の問題は、もうひとつ深い層へとつながっている。身体の、扱い方である。

キリスト教の伝統において、罪の多くは、身体に根ざしている。七つの大罪を思い起こせばいい。色欲、暴食、怠惰――そのいくつもが、身体の欲そのものを、克服すべき対象としている。肉(caro)は霊(spiritus)に対立するものとされ、抑え、超え、律するべきものとされた。

この構図が、心(霊)と身体(肉)の分離を、文化の深部に刻み込んだ。meditation が内面へと垂直に潜る営みになったのも、当然のことだった。そこでは身体は、「向き合う」相手というより、「乗り越える」べき障害だったのだから。心が身体を統御する――瞑想は、その訓練の場ですらあった。

私が反転させたいのは、まさにこの前提である。

身体の刺激、反応、欲は、抑えるべき罪でも、超えるべき障害でもない。それは、あるがままの状態だ。生命が生きている、当然の有り様だ。問題は、欲があることではない。欲を断とうとすること、心で身体を統御しようとすること――その分離の身ぶりのほうにこそ、ねじれがある。

では、欲を「あるがまま」と認めたとき、私たちはそれをどう扱うのか。

ここが、本稿のいちばん大切な転回点だ。

欲を、個人の内面で抑圧するのではない。といって、放縦に流すのでもない。そうではなく――他者との関係のなかで、どう間(ま)をとるか。それが、すべてなのだ。

私の欲する身体と、あなたの欲する身体とが、同じ空間にある。そのとき、どう間合いをとり、どう共にあるか。欲を消すことが課題なのではない。欲を持った身体どうしが、互いの間をどう生きるかが、課題なのだ。

ここで、瞑想の軸そのものが、回転する。

内へ閉じていく垂直の営みから、他者とのあいだに開かれていく水平の営みへ。

西洋の系譜では、欲の始末は「神と自己」の垂直の問題だった。独房で、内面で、超越者に向けて、肉を律する。だが、欲をあるがままに認めるならば、欲の始末は「自己と他者」の水平の問題になる。欲を罪として個人の内面に封じ込めた瞬間に、それは社会性を失い、垂直に閉じる。逆に、欲をあるがままに開いたとき、それはおのずと、他者へと開かれていくのだ。

私の思考の幹に、「間(ま)」という言葉がある。対立でもなく、同化でもない。あいだに立ち、あいだを生きる。西洋の meditation が、神と自己という二項の垂直の関係だったとすれば、止観とは、刺激と身体の「あいだ」に立ち続ける営みだ。向き合う相手を見るのではない。あいだに生起し、消滅していくものを、観るのである。

着物を着て暮らすことも、私にとっては同じ系列にある。着物は身体の所作を限定し、絶えず身体への意識を呼び戻す。歩き方、座り方、手の動き。それは、共有された空間における自分の佇まいへの、責任のかたちだ。私がどうそこに在るかは、私だけの問題ではない。あいだの問題なのだ。


七 最も個人的で、最も社会的な営み

こうして、私たちは円環を描いて、出発点へ戻ってきた。

「瞑想」という、目を閉じよと命じる二文字から始まり、心で心を操る罠を抜け、身体から始まる止観をくぐり、刺激の只中での静けさへ潜り、神を抜いてなお残る祈りの器を見つめ、そして――欲を罪とする垂直から、欲をあるがままとする水平へと、軸を回した。

その果てに見えてくる結論は、一見、逆説のように響く。

瞑想は、最も個人的な営みでありながら、同時に、最も社会的な営みである。

だが、ここまでの道を辿ってきた読者には、これがまったく逆説でないことが、もう見えているはずだ。

身体の欲を、あるがままに認める。だからこそ、それは「どう抑えるか」という個人の内面の問題ではなくなり、「他者とどう間をとるか」という、関係の問題になる。欲を罪として内面に封じ込めた瞬間に、瞑想は社会性を失い、垂直に閉じる。欲をあるがままに開くことが、そのまま、他者へと開くことになる。あるがままに認めることと、社会的であることとは、別々のことではない。同じひとつのことの、表と裏なのだ。

心身一如とは、個体の内部で完結する統合ではなかった。それは、他者とのあいだに立ち続ける、動的な調整だった。波待ちが、海とのあいだの間合いであるように。通訳が、話者と聴衆とのあいだの間合いであるように。着物が、共有空間における佇まいへの責任であるように。――すべては、間だったのだ。

だから、目を閉じなくてもいい。

いや、むしろ、目を開けていなければならないのかもしれない。なぜなら、私たちが本当に整えるべきものは、自分の内面の暗がりではなく、自分と世界とのあいだ、自分と他者とのあいだに、刻一刻と生起しては消えていく、あの「間」なのだから。

それは、いつでも、どこでも、できる。波の上でも、路上でも、音声の濁流の只中でも。特別な場所も、特別な姿勢も要らない。要るのはただ、刺激を断とうとせず、心を先走らせず、いま身体に起きていることと、いま他者とのあいだに起きていることへと、静かに立ち会い続ける――その一点だけだ。

瞑想とは、心を平安にすることではない。

それは、間を整えることである。そして間を整えることは、世界と共にあることへの、ひとつの責任の取り方なのだ。


(本稿には、出家と独身主義をめぐる補講「捨てることは到達点か、出発点か」が別途続く。キリスト教の独身主義と仏教の出家とが、形において呼応しながら構造において逆を向いていること――その対照を、本論の「垂直/水平」という軸で照らす試みである。)