男系という問い、その奥にある「個人として尊重される」という問い

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「了とする」という言葉から始める

2026年6月10日、皇族数確保策をめぐる「立法府の総意」が、与野党の全体会議で取りまとめられた。報道はこの過程の一つの表現に注目した。結婚後の女性皇族が身分を保持する案と、旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える案。それまで「基本的に妥当」とされていたものが、最終段階で「了とする」と書き換えられたのである。

「基本的に妥当」には、細部にはなお議論の余地があるという含みがある。「了とする」は、その内容を受け入れるという意味合いが強い。立法府が一定の結論に達したことを印象づける言葉だ。今国会で皇室典範改正を成し遂げたいという、強い意志の表れである。

だが、この「了」の中身を覗くと、合意の像はかなり曖昧になる。女性皇族と結婚した配偶者や子をどう扱うか――継承論の核心にあたるこの点には、実は何も触れられていない。細部まで合意したとは言いがたいまま、言葉だけが先に着地した。

この記事は、この一点から始めて、最後にはまったく別の場所にたどり着く。皇位継承という具体的な論点が、実は「私たちは憲法をどう読むのか」という、もっと普遍的な問いの表層にすぎないこと。そしてその問いが、最後には「個人として尊重される」とは誰に及ぶのか――皇族という生身の一人ひとりに、私たちはどう向き合うのか――という、きわめて具体的な責任の問いへと開かれていくこと。男系か女系かという論争は、たどっていくと立憲主義そのものをめぐる省察になる。

男系という根拠を三つの層に腑分けする

まず、保守派・超保守派が男系継承を「動かしてはならない一線」とする根拠を、彼ら自身が挙げるものに即して並べてみる。混在しているものを腑分けすると、根拠は三つの層に分かれる。

第一は、事実として確かな層である。内閣官房の有識者会議報告書(2021年12月)自身がこう認めている。今上陛下は第126代であり、これまで歴代の皇位は例外なく男系で継承されてきた、と。過去に女性天皇は8人10代いたが、いずれも父方をたどれば天皇につながる「男系女子」であって、その配偶者や子が皇位を継いで「女系」になった例は一度もない。ここは争えない歴史的事実だ。

ただし注意すべきは、これが「男系で継いできた」という記述的事実であって、「男系で継がねばならない」という規範を自動的には導かない点である。事実から規範への飛躍そのものが、別途の論証を要する。

第二は、解釈・価値判断の層である。「だから今後も変えてはならない」「父系の連続こそ正統性の源泉だ」という規範的主張がここに属する。櫻井よしこの「皇室は2660年、125代の歴史がある」という認識がその典型だ。

しかしここは歴史学的に扱いに注意が要る。初代神武天皇から十数代ほどは神話・伝承の領域で、実在性は学問的に確認されていない。皇紀2600年という数え方自体が明治期に国家神道の枠組みで整備されたものだ。「2600年」を文字どおりの史実として根拠にするのは、歴史学的にはしっかりした足場とは言えない。確実なのは「少なくとも千数百年、父系で継承が積み重ねられてきた」ことであり、これを正統性の核とみなすかどうかは、最終的に価値判断になる。

第三は、科学を装った層である。一部の論者は「男系継承とはY染色体を父から息子へ受け継ぐことであり、初代天皇のY染色体が現在まで保たれている。これは科学的に意味のある連続性だ」と論じてきた。

結論から言えば、これは科学的根拠として成立しない。理由は二つある。一つは、事実の前提が崩れていること。「初代天皇のY染色体」が連綿と伝わっているという主張は、初代天皇の実在と、その後の全継承が生物学的父子関係で途切れていないことを前提とするが、前者は神話領域であり、後者は千数百年にわたって証明する手立てがない。もう一つは、より根本的な問題だ。Y染色体の連続に特別な価値を見いだす論理そのものが、科学ではなく科学の語彙を借りた価値づけである。生物学的に見れば、子は父母双方から半分ずつ遺伝情報を受け継ぐのであり、Y染色体だけを取り出して「これこそ血統の本質」とするのは、遺伝学からはむしろ偏った見方だ。これは文化的な約束事を、あたかも自然科学的な実在であるかのように見せかける修辞――いわば「約束事の自然化」にすぎない。

三層に分けると、見通しがよくなる。動かぬ事実が一つ、価値判断が一つ、擬似科学が一つ。男系固執の最も強固な足場は第一層、すなわち「長く続いた父系継承という事実の重み」である。これは尊重に値する歴史的実態だが、それ自体が「変えてはならない」を証明するわけではない。男系か女系かは、科学で決着のつく問題ではなく、伝統の連続性をどこまで価値とみなすかという、規範的・政治的な選択なのだ。

「世論では決められない」という論法の構造

ここで保守派は、一つの強力な論法を持ち出す。女性・女系天皇を認めるべきだという世論が多数を占め続けていることに対して、こう問い返すのである。皇位継承のような国家の基本構造、しかも千年単位の伝統に関わる事柄を、その時々の世論調査の多数で決めてよいのか、と。

この問題提起そのものは、それ自体としては正当だ。憲法改正に通常立法より重い手続きを課すように、根本制度を一時の多数から守る発想には理由がある。

だが、批判を拒否の口実に使うのなら、こう問い返すのが筋になる。では、何で決めるのか。国民投票か。どれだけ持続した世論なら正統と認めるのか。五年か、十年か、一世代か。

ここに、この論法の急所がある。保守派の側に、世論に代わる積極的な決定基準は、実はほとんど用意されていない。「歴史が決めている」は変更しないことの正当化であって決定手続きではないし、現に皇族数が枯渇しかけ制度変更が不可避な局面では機能しない。「当事者(皇室)の意思」を基準にするなら、上皇の生前退位の意向に保守派が反対した事実と矛盾する。「専門家の熟議」は、2005年の有識者会議が女系容認、2021年が男系維持と、政権の色によって正反対の結論を出してきた。

期間についても答えはない。どんな期間を設定しても、女性・女系容認の世論は数十年にわたって安定的に多数を占め続けている。「一時の気分ではない持続した民意」という条件を課せば、むしろ女系容認論のほうが条件を満たしてしまう。だから保守派は期間の基準を立てられない。立てれば自分が不利になるからだ。

つまり「世論では決められない」は、代わりの基準を提示する論法ではなく、あらゆる決定回路に留保をつけて変更を凍結し、現状(男系)を保存するための論法である。これ自体はバーク以来の保守主義の思想として一貫してはいる。「決められないものは決めず、歴史の連続性に委ねる」ことを徳とする立場だ。

しかしこの一貫性は、現実の前で破綻する。何もしなければ悠仁親王一代で皇族が事実上消滅する。「決めない」という選択肢を、現実が奪っているのである。だからこそ保守派自身が、明治以来禁じられてきた皇族の養子を解禁するという、能動的な新制度を提案せざるを得ない。彼らは「女系容認という変更」だけを「決めてはならない変更」とし、「男系維持のための養子解禁」は「決めてよい変更」とする。両者を分ける基準は、結局「男系という結果を守る」という価値選好以外にない。

条文に戻る――第1条と第2条の緊張

では、憲法そのものはこの問題に何と言っているのか。第1条と第2条を、額面どおりに読んでみる。

第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

すぐに一つの緊張が浮かぶ。第1条は天皇の地位の根拠を「国民の総意」に置く。徹底して人民主権的な規定だ。一方の第2条は「世襲」と定める。世襲とは、血統という、国民意思とは独立した所与の基準で継承者が決まる仕組みである。意思で根拠づけられる地位が、意思とは無関係な血統で継承される。この民主原理(一条)と世襲原理(二条)の同居が、皇位継承論のあらゆる対立の源泉だ。

ここで、法解釈として動かない部分を押さえておきたい。曖昧にすると議論が空転するからだ。

男系という要件は、憲法の要求ではない。 憲法は第2条で「世襲」としか書いていない。「男系」「男子」という限定は憲法本体のどこにも存在せず、第2条が委任した先の皇室典範(法律)第1条に「皇統に属する男系の男子」と書かれているにすぎない。これは決定的に重要だ。男系維持は憲法上の要請ではなく、法律レベルの選択である。したがって女性・女系天皇を認めることは、憲法改正を要せず、皇室典範という法律の改正だけで可能だ。

皇室典範は、形式的には法律である。 戦前の旧皇室典範は憲法と並ぶ最高法規で、帝国議会も関与できなかった。現行憲法はこれを覆し、皇室典範を国会が制定・改廃する通常の法律に格下げした。皇位継承のルールは、もはや皇室が自律的に定める家法ではなく、国民代表たる国会が決める国法になった。この一点に、戦後憲法の思想転換が凝縮している。

この二点を踏まえれば、第1条と第2条の関係は、どちらかが優位なのではなく、相互に枠をはめ合うものとして読むのが最も均衡がとれる。世襲(二条)は皇位を一時の多数決から守り、制度の安定と政争からの隔離を保障する。同時に、その世襲の具体的内容は国民の総意(一条)に基礎を持ち、国会の法律(二条後段)を通じて民主的統制に服する。男系か女系かといった内容の選択は、後者の領域に属する。すなわちこれは、憲法が国会と国民の手に委ねた立法政策の問題であって、憲法解釈で一義的に決まる問題ではない。

前文を読み込むと、重心が移動する

ところが、前文を読み込むと、議論の重心が決定的に移動する。第1条・第2条は天皇という個別制度の規定だったが、前文はその上位にある国家の構成原理そのものを語っているからだ。

前文は冒頭で、主権者国民がどう行動するかの様式を明示している。「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」。これは、さきほどの「では何で決めるのか」という問いに、憲法自身の言葉で答えを与えている。日本国民は直接行動するのではなく、選挙された国会の代表者を通じて行動する。前文が指定する主権の行使様式は、国民投票でも世論調査でもなく、代表民主制(国会)なのである。

これを第2条後段「国会の議決した皇室典範の定めるところにより」と重ねると、構造が完全に一致する。皇位継承のルールを国会が法律で定めるという仕組みは、前文の「代表者を通じて行動する」という主権行使様式の、皇室制度における具体化にほかならない。

ここから帰結が出る。「世論の多数で皇統を変えるな」という保守派の批判は、半分は的を射ている。前文も世論直結を主権行使の様式とはしていないからだ。だが、だからといって「決められない」のではない。前文は明確に「国会の代表者を通じて決める」と指定している。決定の回路は、最初から書かれている。国民投票か何年かと悩む必要はなく、答えは「正当に選挙された国会」だ。世論はその国会を選び、国会を通じて間接的に反映される。これが前文の指定する経路である。

前文には、さらに重い言葉がある。「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」

二点に注目したい。一つは、国民主権を日本固有の伝統ではなく「人類普遍の原理」として宣言していること。これは男系維持論の「日本の歴史的伝統」という論拠と正面から緊張する。男系継承が日本固有の伝統であることは事実だが、前文は国家の根本原理を「固有の伝統」にではなく「普遍の原理」に置いた。皇室の伝統が尊重されるとしても、それは普遍原理たる国民主権の枠内で尊重されるのであって、主権原理を上書きする超越的根拠ではない。

もう一つは、「詔勅」が名指しで排除条項に入っていること。詔勅とは天皇の発する公的意思表示である。前文は、国民主権に反する詔勅すら排除すると宣言した。皇室にかかわる事柄であっても国民主権原理が優位することを、起草者は意識的に書き込んだ。戦前、皇室の事柄が詔勅や旧皇室典範によって国民の関与の外に置かれていたことへの、明示的な転換宣言と読める。

国家の基本としての価値序列

前文を読み込んで見えてくるのは、価値の序列である。前文は、国民主権・代表民主制・恒久平和を国家の第一原理として宣言し、それらを「人類普遍の原理」と性格づけた。天皇制は、この第一原理の下に置かれた、第1章という形で制度的に保障された存在だ。日本国憲法の構成において、天皇は国家の頂点にある根本原理ではなく、国民主権という根本原理の中に組み込まれ、それによって正統性を与えられる象徴である。

この序列に立てば、皇位継承の男系か女系かという問いは、前文が定める普遍原理を脅かさない限り、国会と国民の総意に委ねられた内容選択の問題に位置づけられる。男系維持論が訴える伝統の連続性は、この価値序列の中で正当に尊重されるべき要素ではあるが、普遍原理に優先するものではなく、普遍原理の枠内で考慮される一要素にとどまる。

ここに、最大の帰結がある。皇位継承論は、しばしば「伝統対近代」「男系対女系」の対等な二項対立として語られる。だが前文の価値序列に照らせば、その対立は対等ではない。憲法の構造上、普遍原理(主権・民主・平和)が上位にあり、伝統はその下位で尊重される。だから議論の正しい立て方は「伝統を取るか主権を取るか」ではなく、「主権という上位原理の枠内で、伝統をどこまで・どのように尊重するか」になる。前文は、問いの立て方そのものを指定しているのである。

「人類普遍の原理」は、誰にまで及ぶのか

ここで、前文が「人類普遍の原理」と書いたことを、もう一度思い出したい。普遍とは、例外を作らないという意味である。そして、その普遍性が抽象的な宣言で終わらないことを保障しているのが、第三章「国民の権利及び義務」だ。前文の普遍原理は、第三章の人権条項として地上に降りてくる。

なかでも、第13条を読みたい。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

この条文が他の人権条項と決定的に違うのは、平等(第14条)や個別の自由権が「類型」を語るのに対し、第13条が「個人として尊重される」と、かけがえのない一人ひとりを据えている点である。集合名詞としての「国民」ではなく、代替不可能な単独者としての個人。ここに第13条の核がある。

では問う。この「個人」に、皇族は含まれないのか。

皇位継承の議論は、人を「男系か女系か」「継承資格者か否か」という属性に還元する。だがその属性の背後には、必ず一人の個人がいる。天皇という個人がいる。皇后という個人がいる。秋篠宮家の悠仁親王という個人がいる。そして、いま「女性皇族」という類型で語られがちな、愛子内親王という個人がいる。「皇族」という制度的カテゴリーで括った瞬間に、第13条が守ろうとした個人は視界から消える。継承論が見落とし続けてきたのは、まさにこの一点だ。

ここで、皇室制度の最も深い緊張が顔を出す。皇位を「男系の男子」に限ることは、文字どおり読めば「性別」による区別であり、皇族という地位を血統で定めることは「門地」による区別である。第14条が禁じたまさにその二つの指標で、皇室制度は人を分けている。さらに皇族には、参政権がなく、職業選択の自由がなく、婚姻の自由が著しく制約され、表現の自由も大きく制限される。これらはすべて第三章が「侵すことのできない永久の権利」(第11条)として保障した人権だ。

通説的な憲法学は、これを「憲法自身が第1章で定めた例外」と説明する。法技術としては成り立つ。だが、ここで立ち止まりたい。「例外」と言って、普遍の原則は皇族には及ばない、と軽く流してよいのか。

流せない、と考える。第13条は「最大の尊重を必要とする」と書いている。そして「公共の福祉に反しない限り」という留保は、個人を制度のために犠牲にしてよいという免罪符ではない。現在の憲法学が到達したところでは、公共の福祉とは人権と人権を調整する原理であって、個人を外側から押さえつける上位の価値ではない。皇統の安定は公共の福祉だ、国民統合の象徴の継続は公共の福祉だ――その一語で皇族個人の自由を軽く相殺することは、条文自身が禁じている。皇族もまた、第13条が「最大の尊重」を命じた個人なのである。

それでもなお、という地点から

ここまで来ると、論理は一つの方向へ滑り出しそうになる。皇族の人権がこれほど制約されるなら、皇室制度そのものが問題ではないか、と。だが、その短絡には与しない。第三章が照らすのは、結論ではなく緊張だからだ。そして、本当に引き受けるべきものは、その先にある。

天皇という制度は、この国の在り方の根本の一つである。それを継続するという選択を、国民はしている。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」(第1条)。皇室制度が続いているのは、国民がそれを支持し、選び続けているからにほかならない。ところがその制度は、皇族という特定の個人たちに、第13条が「最大の尊重」を命じたはずの個人の自由への制約を、構造的に背負わせることで成り立っている。

ここに、これまでほとんど直視されてこなかった非対称がある。国民が総意で制度を選び、その負担を皇族個人が負う。婚姻の自由の制約も、職業選択の不在も、参政権の不在も、生まれによる地位への拘束も、絶え間ない注視の下に置かれることも、すべて当事者である個人が引き受けている。国民は選び、皇族は背負う。

だとすれば、責任は国民の側にある。皇室を続けてほしいと願うなら、その願いが特定の個人たちにどれほどの重荷を負わせているかを直視し、その重荷に対して責任を負わねばならない。継承論を「男系か女系か」の技術論として消費し、当事者である皇族個人を駒のように扱うことは、この責任の放棄にほかならない。

これは、制度を否定する論でも、制度を当然視する論でもない。皇室制度を歴史的与件として引き受けつつ、同時に皇族個人の尊重を一歩も譲らない。そして、その二つの緊張を解消できないものとして認めたうえで、緊張のコストを当事者だけに払わせるのではなく、選択の主体である国民が引き受ける、という立場だ。国民も、国会議員も、論者も、学者も、皇族が背負っているものに真摯に向き合い、その責任を分け持つ。それが、「総意に基く」と書いた第1条を、皇族という生身の個人の側から読み返したときに見えてくる、引き受けられるべき責任である。

「素直に読む」ことの倫理

ここまで来て、ようやく本当の主題にたどり着く。政府も、国会議員も、さまざまな立場の論者も、そして憲法学者でさえ、前文も含めた憲法全体を素直に読み、その根本原則をしっかり見据える必要がある――この当たり前に見える要請が、なぜこれほど難しく、なぜこれほど重要なのか。

議論が紛糾するのは、多くの当事者が前文を読まずに第2条前段の「世襲」だけを、あるいは第1条の「総意」だけを切り取って、結論を先に持って条文を後から動員するからだ。この記事で一つずつ腑分けしてきた作業――男系論を三層に分け、Y染色体論を擬似科学として退け、保守派が決定基準を持たないことを示し、二条の緊張を相互制約として読み直す――は、すべて、断片的引用に抗して全体を素直に読むという、その一点の実践だった。

ただし、公平のために言い添えねばならない。「素直に読む」という要請は、それ自体が一つの立場を含んでいる、という自覚もまた必要だ。憲法学には、文言に忠実であろうとする立場と、制定の経緯や歴史的文脈を重視する立場があり、男系維持論の一部は後者に依拠する。彼らからすれば、前文や条文を「素直に」読むこと自体が、戦後的な国民主権原理を自明の前提とする一つの読み方に見える。だから「素直に読めば答えは出る」という主張は、それが正しい場合でも、相手には「あなたの読み筋を素直さと呼んでいるだけだ」と映りうる。

ここが難所である。憲法を全体として素直に読むべきだという要請は正当だ。前文が排除条項で詔勅すら国民主権の下に置き、決定様式を国会と指定している以上、これを無視した皇位継承論が憲法に十分忠実でないことは、テキストから言える。けれども、その正当な要請を説得力あるものにするには、「素直さ」を自分の側の専有物にせず、相手の歴史解釈的な読みにも応答しながら、それでもなおテキストの構造が国民主権原理の優位を示している、と論証していく手間が要る。

だから、最初の要請にこう付け加えたい。前文を含めて憲法全体を素直に読むべきだ、という要請は正しい。そしてその「素直さ」が独断にならないための担保は、自分と異なる読みの根拠まで誠実に検討したうえで、なお憲法の構造がどちらを支えているかを示すことにある。必要なのは、結論への忠誠ではなく、テキストとその根本原則への忠誠だ。前文が「人類普遍の原理」と書いたとき、それは、固有の伝統への愛着すら、普遍原理の前では論証にさらされねばならない、ということを意味していた。

そして、テキストへの忠誠は、最後には個人への忠誠に着地する。憲法を素直に読むとは、第2条の「世襲」と第13条の「個人として尊重される」を、どちらも切り落とさずに同時に引き受けることだ。その緊張は、生身の人間――天皇、皇后、そして愛子内親王をはじめとする皇族の一人ひとり――の上にかかっている。素直に読むことの倫理は、抽象的なテキスト解釈の話に見えて、その実、この緊張を当事者だけに背負わせず、選んだ者が引き受けるという、きわめて具体的な責任に行き着く。

皇位継承という具体的な論点は、こうして最終的に、私たちは憲法をどう読むのか、根本原則にどう向き合うのか、そして、その原則が守ろうとした一人ひとりの個人にどう向き合うのか、という問いへと開かれていく。そこまで来ると、これは皇室論であると同時に、立憲主義そのものをめぐる省察になる。「了とする」という一語から始めた話は、私たち自身が憲法を前にして何を「了とする」のか――そして、その「了」の重みを誰に背負わせ、誰が引き受けるのか、という問いに帰着するのである。